ひとくちに「はしご」と言っても(2026.10)

「規格に合う既製品が、どのメーカーのカタログにも載っていない」――以前、そんな相談を受けたことがあります。原因をたどっていくと、避難はしごという一括りの言葉の中に、実はかなり細かい線引きが隠れていることに行き着きました。

規格品が見つからなかった建物

その建物には地階があり、ドライエリア(地階の採光・換気用に設けられた空堀りの空間)に面して避難器具の設置義務が発生していました。本来なら外階段を設ければ済む話ですが、構造上それができない敷地でした。設計者は、ドライエリアの壁づたいにはしご状のものを設置する案を出しましたが、所轄の消防は「検定品を使うように」と指導します。ところが、そのような仕様のはしごを作っているメーカーが1社もなかったのです。

設計者、消防、設置業者の三者で頭を抱えた末にたどり着いたのが、消防法施行令第32条(基準の特例)を根拠に、規格に準じた形状・強度を持つ金属製のはしご状のものを個別に設置する、という折衷案でした。既製品のラインナップが増えれば済む話ではあるのですが、こうした実例自体がまだ少なく、メーカー側もなかなか動きにくいのが実情です。

そもそも「避難はしご」には3種類ある

金属製避難はしごの規格を定めているのは、「金属製避難はしごの技術上の規格を定める省令」(昭和40年1月12日自治省令第3号)です。この省令は避難はしごを固定はしご・立てかけはしご・つり下げはしごの3タイプに分類しています。冒頭の事例でつまずいたのは、まさにこの「固定はしご」の枠に収まる既製品がなかったからでした。

種類 使われ方 現状
固定はしご 建築物に常時固定。収納式や伸縮式が主流 現行品の中心。ただし仕様のバリエーションは限定的
立てかけはしご 使用のたびに人が立てかける 昭和56年以降、出荷実績ゼロ
つり下げはしご 手すりや窓枠にかけてぶら下げる 現行品の主力。ハッチ用は平成16年に規格が分岐

固定はしご ― 「常時使用可能」の意味

省令では固定はしごを次のように定義しています。

常時使用可能の状態で防火対象物に固定されて使用されるもの(収納式のもの(横桟を縦棒内に収納しておき、使用の際、これを取り出して使用可能の状態にすることができるものをいう。)及びその下部を折りたたむこと又は伸縮させることができる構造のものを含む。)
金属製避難はしごの技術上の規格を定める省令 第2条第2号

現行品のほとんどは収納式か伸縮式で、特定一階段等防火対象物向けの製品は、収納状態から一動作で展張が完了する仕様が主流になっています。ここで注意したいのは、「常時固定されていること」という条件だけを見ると、マンションのセットバック部分やバルコニー開口部の下によく見かける、避難はしご「風」の設備まで当てはまりそうに思える点です。しかしそれらの多くは建築基準法上の二方向避難を確保するための措置であって、消防法上の避難器具ではありません。規格に適合した検定品でなければ、設置義務のある建築物では使えないのです。

屋上のハッチから伸びる二方向避難用のはしご状設備
建物側面に設置されたケージ付き二方向避難用のはしご状設備

いずれも避難はしご「風」の設備の例。建築基準法上の二方向避難のための措置であり、消防法上の避難器具(規格に適合した検定品)ではない。

実は、冒頭でご紹介した「規格品が見つからなかった建物」で最終的に設置された金属製のはしご状のものも、外観としてはこの写真に近い形状でした。ただし冒頭の事例は、消防法施行令第32条の特例によって避難器具として個別に認められたものであり、ここで紹介した二方向避難用の設備(そもそも消防法上の避難器具に該当しないもの)とは、似た形をしていても法的な位置づけが異なります。似た形の設備の中に、「避難器具として認められたもの」と「そもそも避難器具ではないもの」が混在している、というのがこの分野のややこしさでもあります。

立てかけはしご ― 昭和56年以降、出荷実績がない

先ほどの表の通り、立てかけはしごは昭和56年以降、1台も出荷されていません。それより前がどうだったかは分かりませんが、少なくともこの40年以上、実質的に流通していないのは確かです。理由は主に2つ考えられます。ひとつは、避難器具の多くが避難者自身の操作を前提としているのに対し、立てかけはしごは他者の補助がほぼ必須になること。もうひとつは、省令の規格そのものが実態に対して厳しすぎることです。

実際のところ、避難器具の設置義務がない集合住宅で火災が起きたとしても、近隣の方が市販のアルミ製はしごをバルコニーに立てかけてくれるだけで、避難としては十分に機能してしまいます。規格に適合した製品が流通しないまま数十年が経っている以上、この分類が実務上どこまで意味を持ち続けるのかは、正直なところ疑問符が付きます。カタログの目次には載っているのに、実物には誰も出会ったことがない――そんな都市伝説めいた器具になりつつあるのが、この立てかけはしごです。

つり下げはしご ― 「突子」という紛らわしい言葉

バルコニーの手すりや窓枠にかけて使うタイプです。かつては避難器具用ハッチに内蔵されるはしごも同じ規格でしたが、平成16年の改正で「ハッチ用つり下げはしご」として枝分かれしました。分かれ目になっているのが「突子(とっし)」の有無です。通常のつり下げはしごは、使用時に防火対象物から10cm以上の距離を保つための突子を備え、壁面に接触させることで揺れを抑え、安定させる構造になっています。ところがハッチ用つり下げはしごは、使用の際に突子が防火対象物に接触しない構造のものに限られます。壁に触れないというのは、本来であれば安定を欠く条件のはずです。ハッチから吊り下ろされる関係で壁面に接する使い方を想定していないぶん、縦棒自体の剛性を高めて自立させる「半自立型」の構造にすることで、壁面に接触しなくても安定して使用できるようにしている、というのがこの分岐の実質的な意味です。

この突子という言葉、避難はしごの規格の中で2つの異なる意味に使われているため、初めて条文を読む方はまず混乱します。ひとつは、縦棒が1本のはしごの横桟先端に付ける、横滑り防止用の突起(長さ5cm以上)。もうひとつは、つり下げはしごを使用する際に防火対象物の壁面から10cm以上の距離を確保するための突起です。同じ単語で違う機能を指しているので、条文を読み慣れていないとどちらの話をしているのか見失いやすいところです。片方には「すべり止め」、もう片方には「壁面クリアランス」くらいの名前が付いていれば、初見での混乱はかなり減ったのではないかと思います。

つり下げはしごの突子(壁との離隔)
つり下げはしごの突子(壁との離隔)
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金属製避難はしごの分類・規格は「金属製避難はしごの技術上の規格を定める省令」(昭和40年1月12日自治省令第3号)に定められています。ハッチ用つり下げはしごは、使用時に突子が防火対象物の壁面等に接しない構造のものと規定されています。

出典:当工業会「金属製避難はしごの技術上の規格を定める省令」、e-Gov法令検索

金属製以外は、実質「つり下げ」しか作れない

ここまでは金属製の話でしたが、金属製以外の避難はしごの基準は別の告示、避難器具の基準(昭和53年3月13日消防庁告示第1号)に定められています。こちらの告示にも固定はしご・立てかけはしご・つり下げはしごという同じ3分類が用意されています。ただし実際には、固定はしごと立てかけはしごを製造することはほぼ不可能です。縦棒の材質について「耐久性に富んだ繊維製のもの又はこれと同等以上の耐久性を有するもの」という条件が定められており、繊維以外でこれを満たす現実的な素材が見当たらないためです。結果として、金属製以外の避難はしごは事実上つり下げタイプのみが流通しています。実物を手に取ると、金属製とは違って軽く、握った感触も柔らかいのが分かります。とはいえ、これは規格上「ロープしか選べない」ことの結果であって、ロープであること自体が積極的に選ばれた理由というわけではなさそうです。

収納状態のロープ製つり下げはしご
展張状態のロープ製つり下げはしご

繊維製つり下げはしごの例(収納状態/展張状態)